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2006年1月22日 (日)

懺悔をする日

私が小学校6年生の時である。

「車の前にいきなり飛び出てきたから、びっくりした!!それから動かないので連れて帰ってきた。」

父がダンボールを抱えて帰ってきた。

その中には小さな白ウサギが入っていた。

「うわぁ~、かわいいね!」

私と弟は目を輝かせながら、その小さなお客様に見入った。

私はそれまで動物を飼ったことがなく、無性にそのウサギを手元に置きたくなった。

「お父さん!絶対ちゃんと世話するから、飼っちゃ駄目?絶対かわいがるから!!」

子供が動物を飼いたい時に必ず親に言うお決まりのセリフである。

「お前は惚れやすの飽きやすだからなぁ~・・・・」

じゃあ、どうして連れて帰ってきたのだ。

子供に見せたら必ず欲しがるに決まっている。

「ついつい連れて帰ってきたが、これからどこかに置いてくるわけにもいかないからなぁ~・・約束するな?ちゃんと世話をするんだぞ?」

「ありがとう!!お父さん!」

ということで、その日から新たな家族が加わったのである。

                      

とにかくかなり弱っていた。

野菜類を与えてみたが、最初は食べようとしなかった。

せっかくうちで飼う事にしたものの、このまま死んでしまうのではないかと心配した。

だが、夜中にこっそりと野菜を食べていたのだ。

日中はじっと動かず、夜中に与えられた餌を食べては見る見る内に元気になっていったのだ。

元気になったウサギは、狭いダンボールからジャンプして逃亡を謀るまでになっていたのである。

それを見た父は、もうダンボールもかわいそうだ、ということで、ウサギ小屋を作ってくれたのだ。

新しい住処を得たウサギは本当に幸せそうに日々暮らすようになった。

名前もいろいろ考えたが、しっくりくる名前がない。

名無しの権兵衛のまま、放置されていたが、父が仕事から帰ってくるたび、

「ようっ!!今日も元気かい!よぅっ!よぅっ!」 

と呼びかけ、なんとなく女の子であろうということから『ヨウコ』と命名された。

なんとも行き当たりばったりないい加減な家族である。

それからも『ヨウコ』はすくすくと育ち、かなり大きくなり、顔からはなんとなく威厳さえ漂ってきた。

運命の出会いから命を拾われ、ぬくぬくと暮らすようになっていったのだ。

                    

数年後。

我が家は家を新築し、引っ越すことになった。

私が中学2年生の夏である。

今まで家の中に小屋を置き、室内で『ヨウコ』を飼っていたのだが、動物のニオイが気になるとのことで、外の小さな庭に小屋を設置し、飼うことになった。

今までのボロ家では全く気にしなかったのに、家が綺麗になった途端これである。

しかし、小屋掃除をしてやるときなど一時外に出して放してやるのだが、ほとんど外に出る事のなかった『ヨウコ』は元気よく庭を飛び回った。

その姿は今までにないほど生き生きとしていた。

『ヨウコ』も外を気に入ったのである。

                        

そして季節は秋へと移り変わり、寒い冬がやってきた。

今まで室内で飼われていた『ヨウコ』にとって、それは厳しい季節である。

もともとウサギは寒さに弱いと聞いていた。

冬の間だけでも家にいれようかとも考えたが、やっぱりニオイが気になるということで入れることはしなかった。

そして、とうとう私たちは動物を飼う人間としてやってはならないことをしてしまったのだ。

『ヨウコ』の存在を忘れてしまったのである。

どうして忘れてしまったのか?

皆それぞれ忙しかったなどとは言い訳にさえならない。

そうだ。

皆が皆、「誰かが掃除をして、誰かが餌をやっているのであろう。」と、寒さのあまり自分が外に出るのが嫌な為、都合のいいように思っていたのだ。

             

「そういえば、『ヨウコ』は元気なのか?」

父が、仕事に行く間際、突然思い出したかのようにそう言った。

父が庭に行って小屋の中を覗くと・・・・・・

新聞をびりびりに食いちぎり、そのちぎった新聞を布団のように体にくるみ、『ヨウコ』は冷たくなっていた。

『ヨウコ』は死んでいた。

飢えと寒さに震えながら、冷たくなって一人寂しく死んでしまったのだ。

私たちは『ヨウコ』を餓死させたのである。

父の車の前に飛び出て、飢えから一時期救われたものの、またその家族によって飢えさせられ、身動きの出来ない檻の中で餓死したのである。

                   

それ以来私は動物を飼っていない。

飼う資格がないからだ。

現在は主人の母の愛犬『ムク』を、実家に遊びに行く度かまっては遊んでいる。

ブログ仲間のブログを訪問すればかわいい動物たちが元気の良い、かわいらしい姿を見せてくれる。

その度私の心はチクチクと痛むのだ。 

この痛みはいつまでも持っていよう、そう思う今日この頃である。   

                

                 

          

              

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コメント

動物と人間の係わり合いは色々難しいですね。小学校でも
一時はウサギを飼っていましたが、うちの方では今は中止
されています。殖えてしまって、後が大変との理由からのよ
うです。

ここでもニオイの問題ですが、今は飼い易いようにと、ニオイ
が少ない、鳴かないなど人間の都合のいいように改良され
たものが、作られたりしていますが、こんなニーズに対応す
るのがいいものかどうか…。

一方でペットからの感染症も問題になっています。この辺も
今後動物との係わり合いを難しくしていく要因になっていくと
思います。

ところで、MEGUさんにお子さんが生まれて、その子が動物
を飼いたい!って言った時に、MEGUさんがどうしてあげるの
か。これが、ヨウコちゃんに対しての答えになると思います。

ちょっときつかったかもしれませんが、懺悔だけで終わらせ
て欲しくないとちょっと思ったのでm(__)m。

投稿: HyperChem | 2006年1月22日 (日) 13時33分

僕は小さい頃に、お寺で震えていた「ネコ」を家まで連れ帰り親に無理やり頼み込み飼っていた経験があります。 生まれてから、そんなに経ってはいない様子だし、このままでは死んでしまうと子供ながら、そう想いました。MEGUさんと同じ様に両親にお願いして家にいてもらうようになりました。いつも一緒で楽しい日々が続くのですが、病気が原因で家ではもう飼えないと云う事になりまして、初めて出逢った神社まで来ると「チィ」は自分の方から僕と離れて泣きながらお墓の方向に進んで二度と見かけなくなりました。 帰りの道では僕が泣きながら帰ることとなりました。

投稿: よっすぃ~♪ | 2006年1月22日 (日) 14時30分

その痛み絶対に忘れないでください。
痛みを知っているメグさんは、きっといい母親になれると想います。痛みは記憶としては忘れないかもしれないけど、感覚としては忘れてしまうものですよね。そのチクチクという感覚。絶対に忘れないでください。

投稿: ちから | 2006年1月22日 (日) 15時13分

我家は犬か猫が必ず居ました。
私が大人になってからの大半は、犬猫が居ます。命が生まれ、命が死ぬ…のを、子供達に見せていました。
現在は老犬と野良猫を飼っていますが、庭で放し飼いです。自由気ままに彼等は生きています。

投稿: 無口なモグラ | 2006年1月22日 (日) 15時50分

昨日は、おつかれさまでした~。楽しいバトンでした!!

うさぎのゆうこちゃんのお話。グスンですよね。
その時は、心の中にゆとりが無かったのよね。みろろだって、その立場だと、そうなっていたかもしれない。。。
MEGUさまだけのせいではなくって、皆の責任。連帯責任よね。。。
今度、動物を飼う勇気が出て、可愛がってあげれば、それが、ゆうこちゃんの供養になるのだと思います。
今は、まだ、「そのとき」ではないから、MEGUさまは動物を飼わないのだと、みろろは思うの。
急がなくてもいい。焦らなくてもいい。
時間がすべて解決してくれるような気がします♪

投稿: みろろ | 2006年1月22日 (日) 16時05分

痛みは教訓。
そんなことを思いました。

投稿: 桃忍者 | 2006年1月22日 (日) 16時31分

心の傷は、いつか癒されますよね。

投稿: ダイアナ | 2006年1月22日 (日) 17時02分

犬を飼いたいな~といつも思うのですがきちんと世話が出来るかどうか不安だし病気になったとき可哀想だなっと思って飼えません。

投稿: ぴよko | 2006年1月22日 (日) 17時06分

幼い時の痛い記憶・・・忘れたくても忘れられない記憶、辛いけど覚えていなくちゃならない記憶。
私も同じで「世話をするから」って頼んで飼った犬。
色んな事情で手放さなきゃならなくなった頃には、母だけが世話をしていました。
その時の母の悲しそうな顔、今でも忘れません。
その悲しみは犬を手放す悲しみだけじゃなく、私があまり悲しんでいないことへの悲しみもあったと思います。

絵についてはちょっと遅くなると思いますが、これからゆっくりお返事書きますね。

投稿: スズランラン | 2006年1月22日 (日) 17時10分

MEGUさんも、とっても辛い体験をされたのですね~

私も実は、中2のころハムスターの世話を怠って同じような体験をしています。
それ以来実家では生き物を飼ってはいなかったのですが、嫁いで来た先にポチが居たのです。

昨年末の病気以来、家の中に入れていますが老齢なので、
毎日毎日、慈しんであげたい気持ちになります(^^)

MEGUさんも、可愛い動物を見るたびに心が痛むのではなく、逆に癒されるようになれるときが来ることをお祈り申し上げます。

投稿: らっこ | 2006年1月22日 (日) 17時31分

僕の家でも、柴犬を1頭飼っています
僕にはあまり懐いてくれませんが、それでも可愛いヤツです
いずれ死んでしまうコトは、分かってはいるのですが
それでも、彼が死ぬ姿を想像するコトはできません
どんな形であれ、共に過ごしたのなら、それは家族です
その死を想い、悲しみに心を痛めるコト
すごく、大事なコトです
命を考えられる、貴重な時間です
MEGUさんが責任を感じるのは、しょうがないコト
だからといって、いつまでも『飼う資格が無い』と思うのは
うまくは言えませんが、違うと思います
『ヨウコの死』に対して、言葉は悪いですが失礼だと思います
それは、ただ目を背けているだけ
その痛みを忘れないコトは、すごく大事だけど
だけど、それに縛られてはいけない
痛みの感じ方は、それだけじゃない
いつか、懺悔から一歩踏み出してください
ただ抱える痛みよりも
踏み出した痛みの方が
何倍も生きている『痛み』になるハズです

長々と、生意気なコトを言って、すみませんでした

投稿: 自由人 | 2006年1月22日 (日) 17時39分

動物を飼うのは難しいですよね。
実家で、過去に『白文鳥』・『すずめ(!)』・『ハムスター』と買っていましたね。
それぞれ、母がちゃんと世話をしていました。
ソレを見て、「私には無理だな。」と思っていました。
『生き物を育てる難しさ』
母はソレを教えてくれたと思います。

σ(・_・)のブログへのコメント・・・
『サッカー小僧』
『バスケ小僧』
『しょんべん小僧』
いい流れでした!
見事な三段落ち!!
(ノ∇≦、)ノ彡☆ キャハハ!!バンバンッ!!

投稿: なるいも | 2006年1月22日 (日) 17時55分

例え 一生世話をし 出来る限りの事をしてあげて死んだとしても もっと出来ることがあったのでは無いかと後悔します。
これで充分だという事は絶対無いんじゃないでしょうか。
ウサギの「ようこ」が死んだ事件はMEGUに教訓を残してくれました。
今 ペットショップで簡単に動物を買い 糞をする 病気をする 大きくなったなどと 信じられない理由で生き物を捨てる人が後を絶ちません。
MEGUがそういう人と違っていてくれて良かったと思いました。
資格が無いというのは違います 二度と同じ間違いを起こさないこと それを忘れないのが大事です。
どうか勇気を出して 動物に接して貰いたい そして いつか 何か飼って欲しい と願っています。

投稿: +あい | 2006年1月22日 (日) 18時27分

わたしも、モンジロウを引き取るになたって、それを一番恐れていました。いずれ邪魔者扱いする日が来るのではないかと。
子供の頃飼っていた犬も、終わりの方は姉が面倒見ていて、しかも父の入院などもあって皆あまりかまわなくなって、寂しくてボケたようです。寂しいのはかなりストレスのようですね。小屋の中でおしっこするようになって、しばらくして病気で死にました。
モンジロウは最後まできちんと面倒みたいです。

投稿: 次郎 | 2006年1月22日 (日) 18時39分

私もやはり犬を飼ってたことがあるんですが、自分のミスから死なせてしまい、それ以来動物は飼っていません。他の人たちが楽しそうにペットと戯れている光景は羨ましくもありまた、私にとっての懺悔の時でもあります。

投稿: なまはげ | 2006年1月22日 (日) 18時39分

動物を飼うということは、とても責任のあることですもんね~><命を預かるんですもんね。。
俺も実家で猫、昔ハムスターなんかも飼っていました。。
ハムスターは残念ながら、天国へ行ってしまいましたが、俺もきちんとお世話ができていなかっただろうと思います。。
とても後悔した記憶が鮮明にあります。。
小さな命に大切な事を教えられちゃいましたね><
ありがとうって言ったら天国に届くかな~・・・。。

投稿: West Villageの住人 | 2006年1月22日 (日) 20時02分

私は動物を飼ったことはありません。金魚や昆虫さえも。死に別れが怖いからです。
子どもの頃は、人間は死なないけど動物は死んでしまう、とまあ恐ろしいほどの勘違いをしていました。
死と向き合うことにはじめから逃げているんですね、私は。
職場でも何人もの子どもとお別れしましたけど、変な話かもしれませんが天に召されてからよりもその前のほうがつらいです。死・絶望という概念がない子どもと向き合うのは、なかなかの気力がいるものです。
理路整然としないコメントでございますね、すいまへん。

投稿: love-jack | 2006年1月22日 (日) 20時38分

つらい思い出ですね~我が家も新築をして去年生後45日くらいで引き取って来ました。
外に出せるようになってからは外飼いです。
まあ犬なので元気ですが一応毛布やら小屋に入れてやっているのですが気分でそれを引き出しては寒い外に引いてその上に寝てるんです。
時々心配になってみてますけど・・・元気です(笑)
でもすずっと心の中にはいるんですよね「ヨウコ」ちゃん。
思っててあげて下さいね。
きっとMEGUさんを見守ってくれてると思いますよ。

投稿: 染麗 | 2006年1月22日 (日) 21時09分

なんだかとっても勉強になった気がします。
拾い猫のチョビを大切にしてあげようと思いました。
生き物を飼うってかなり責任が伴うもんなんですねぇ。
肝に銘じておきます。

投稿: kenken | 2006年1月22日 (日) 21時10分

絵のこと、コメントのお返事に書いておきました。
お時間あるときにでもどうぞ。

投稿: スズランラン | 2006年1月22日 (日) 21時52分

私の家では、ハムスターを寒さで・カメを暑さで死なせてしまいました。
2回とも、気がつかづの事です。悪気はないのですが、(カメは日光浴をさせていたりしたので)かわいそうなペット達・・。

ということで、わんこは自由に庭を歩けるようして、結構幸せじゃないかなぁ・・と思っているのは人間の自己満足ですかね?

投稿: perc | 2006年1月22日 (日) 21時57分

しばらく考えてみましたが ノホホンとワンコの写真をアップしていたのも 誰かの心の傷をチクチク痛めていたのだと知りました。
皆が皆 動物を見て喜んでくれているわけじゃないんですね、思い出したくない過去を思い出させるキッカケを作っていたとは 申し訳無かったと反省です。

投稿: +あい | 2006年1月22日 (日) 21時59分

我家も犬を飼っています。
飼うまでは死に別れることを考えると飼えませんでした。しかし家人や子供たちの強い要請によって今は飼っています。飼ってみて思ったことは、死に別れることになった時そのペットに”ありがとう”と思ってもらえるように今、お世話をしてあげよう!ということです。

投稿: ONO THE WORLD | 2006年1月22日 (日) 22時14分

辛かったですね。この思い出を文章にするのはとても辛く勇気のいることだったと思います。
その思い出を持ち続けるのはとても辛いと思いますけが、その痛みを胸にとどめて、これから出会う動物たちとかかわりを大切にしていって欲しいと思いました。それがヨウコちゃんへのご供養になると思います。

投稿: はなくま | 2006年1月22日 (日) 22時17分

ペットを飼うのは

責任がいりますよね。

これみて、犬とかを放置したひとが

改心すればいいのですが。


投稿: notarejini06 | 2006年1月22日 (日) 22時21分

命というものは、ホント尊いものです・・・・
ヨウコはどんな気持ちで死んでいったんだろ・・・
っと、考えると、ホント胸が苦しくなります。
できることなら、「今までありがとう」って心だけでも暖かい気持ちで苦しまずに安らかに息引き取ったことを願うばかりです。

わたしはできることなら、MEGUさんにペットを飼ってもらいたいと思います。そして、それもできることなら、飼い主のいない動物たちの飼い主に。
私は、今暮らしているマンションに神社で見つけた迷い犬一匹と生活しています。
実家では、近所でウロウロしていた迷い猫8匹と生活しています。
ホントこの寒い中をお腹を空かしてさ迷っている動物たちはたくさんいます。
その動物たちの運命は、ヨウコのように幸せな時間を感じることさえもできないまま事故や、保険所で命を落としていくものも多いのです。
命を大事に思う気持ちがホントにある今のMEGUさんならきっと・・・

投稿: たろちょ | 2006年1月22日 (日) 22時33分

こんばんわ。MEGUさま。
コメントありがとうございました。

うちは、犬やネコは飼ってはいけないマンションで私と母が動物嫌いなので(でも、フートはネコなら好きです。)飼ってないですね。
あっ、でも金魚なら飼ってますよ。弟が。でも面倒見ているのは母です。

投稿: フート | 2006年1月22日 (日) 22時55分

私も動物は飼えないです。
アレルギーとかもありますが世話をする事が出来ないと思いますから。
まぁ、金魚ならかってますけどね(笑。
もっぱら父の道楽ですが。

それでも死んだときは悲しいですよ、あまり世話してなくても(_ _)

投稿: 右ハンドル | 2006年1月22日 (日) 23時38分

今日も結局、研修準備で一日が
終わってしまいました。(^^;
休みが休みじゃない感じでした。
明日からまた仕事です。
憂鬱な時間よ早く過ぎ去ってくれって
気持ちです。

B型って自己中だから・・・って言い訳
通用するので、得な血液型かもしれないですね♪

投稿: バーバラ | 2006年1月22日 (日) 23時45分

子供の時に、みんな一度はある痛い記憶。
オイラも子供の頃に流行った「秘密基地ごっこ」に
どこからか迷い込んできた子ネコをみんなで育ててた。

けど、その「秘密基地ごっこ」がブームを去ると、
子ネコをみんな忘れてて・・・
あるとき「そういえばあの基地・・・」って行ったら
誰かに荒らされてた。子ネコはどこに・・・ってみんなで探したけど
結局分からなかった。すごく悪い事をしたような感じがした。

オイラの家にはワンコがいる。今はヨメの実家で娘のかわりの
ように温かく「家族のひとり」として迎えてもらってるけど。
いつか彼女とも来る「別れ」を思うと・・・

投稿: とよ兄 | 2006年1月22日 (日) 23時47分

・・・わたしは、高校生の時に飼っていた犬を病気で亡くしました。
病院で私と母の目の前で。
昨日まで元気だったのに、学校から帰ってきたら苦しそうにしていました。

ペットとは家族なんですよね。
だから別れが来るとすごく悲しいです。
でも、これで命を大切にするという気持ちが生まれてくると思います。
ヨウコちゃんはかわいそうでしたが、なにかメッセージが残ったのではないでしょうか。


投稿: はる坊ママ | 2006年1月23日 (月) 00時08分

私は昔飼ってたリスが風呂場で溺死してるのを観てから、ペットトラウマです・・・。(今、猫はいますが)
でも、命の大切さを教えられた気がします。

投稿: よーすけ | 2006年1月23日 (月) 00時13分

>飼う資格がないからだ。

自分に当てはまる言葉に感じられます。
私もハムスターを、ろくすっぽ飼い方も知らず、寒い部屋に
置いてしまい気付いた時には冷たく、固まっていました。
それからは、動物を飼っていません。

生き物と一緒に暮らすには、天寿を全うできるように愛情を注ぎ環境を整えていく、最低限の心構えがないと難しいかと痛感します。

投稿: yaeka69s | 2006年1月23日 (月) 00時22分

生まれてから尽きるまでを何度も体験してきて
命の大切さを学びました。

家族の一員と思えば大事に思えてくると思います。
別れは辛いですが、楽しいこともたくさんあります。

ちなみに、うちの猫は保護団体から譲ってもらったんですよ。

投稿: きんぐ | 2006年1月23日 (月) 01時08分

先程は、生意気なコトを長々と書いて、失礼しました
ところで、とよ兄のアニキからのバトン
次はMEGUさんに受け取って欲しいのですが・・・
詳しくは、僕のブログを見てください
お願いします

投稿: 自由人 | 2006年1月23日 (月) 01時40分

おはようございます♪
そうですか。重い話ですね・・・
餌をあげなかったのが悔やまれますね。
私も12年間犬を飼っていましたが、
やっぱり最後の別れは辛かったです。
病気で死んでしまったのですが、
もうペットはやめようと思いました。
今日からまた1週間が始まりますね。
頑張りましょう♪

投稿: スガジー | 2006年1月23日 (月) 05時55分

あ、ごめんなさい。書き忘れました!
リンクの件、ありがとうございます。
お言葉に甘えて早速張らせて頂きました♪
これからもよろしくお願い致しますね。

投稿: スガジー | 2006年1月23日 (月) 05時56分

バトン巡りがすごいですねぇ~。
桜には答え切れないものばかり‥

ワンコを買っている桜ですが、動物に対しては、まだ人には言えない(申し訳なさでいっぱいの)トラウマはいくつかあります。子供ってある意味残酷だし、それによって生死の大事さを学ぶってこともあるしね。なんてホントは一言では片付けられないんだけど‥
でも最近ニュースになる動物虐待!あれだけは許せません!!!

投稿: | 2006年1月23日 (月) 09時30分

MEGUっち・・・『ユウコ』は天国で楽しく暮らしているでしょう。
明るくしている人にも何かしら悲しい過去、後悔はあります。
私も忌まわしい土地に引越した時、迷い込んだニャンコを無理やり飼ってもらったけど、ご飯や下は結局お母さんに・・・・
可愛がっていつも布団が一緒で温かかったのを覚えてます。学校から帰ったら、ニャンコは国道で車に撥ねられて裏庭の土の中に埋葬されていました。心優しいMEGUっち・・・泣けるよね・・(つд⊂)

投稿: くみくみ | 2006年1月23日 (月) 09時43分

携帯から私のブログを見ると、MEGUっちにメールができるから、ちょっと送ってみました。届いた?

投稿: くみくみ | 2006年1月23日 (月) 13時44分

こんにちは、MEGUさま~♪
昨日は懺悔をしすぎて、しょんぼりしていないかなあ。。。と心配になって遊びにきました。
あのね、昨日MEGUさまが夢に出たよ~♪
一瞬の記憶しかないのですが、一緒にアイスを食べていて、みろろは自分のアイスを食べてしまってMEGUさまの分もぺロっといただいているところで目が覚めました~。
夢の中でもMEGUさまは優しかった!!

投稿: みろろ | 2006年1月23日 (月) 15時50分

読んでいて、切なくなりました。
私はハムスターを約8年間ぶっ続けで飼っていました。
死ぬのは辛いけど、私は居なくなる寂しさに耐えられなかったのです。
ましてや、ハムスター。寿命は2~3年程度です。
死んでは飼い、死んでは飼い・・・・。


四代目の子で。もう、死んでも涙が出なくなりました。


あぁ・・・私はもう駄目だ。飼う資格が無い。


そう、思っていました。

そんな矢先、兄が猫を拾ってきました。
生まれたばかり。目も開いていない。

しばらくして、6匹中、3匹が死にました。


涙が出ました。
私にも、まだ流れる涙があったのか。
と、思ったのを覚えています。


今、残りの3匹は元気です。

しかし、また別れがいつか来るかと思うと、恐ろしくてたまりません。

私に餌を求めるこの声が。
私にすり寄せて甘えるこの体が。

亡くなるのが恐ろしい。


命って重いな。そう、思いました。
餓死は・・・・切ないですね。ヨウコちゃんは見守っていますよ。きっと。鬼では無いのですから。

投稿: 紅蓮 | 2006年1月23日 (月) 21時53分

こんにちは、お久しぶりです。
また宜しくお願いしますね。

生き物の死はつらいです。
私の会社に犬がいて、私が世話をしてましたが、私の力不足で亡くしてしまいました。
多分フィラリアだと思います。
でも何もできませんでした。
ほんとに自分の力不足に腹が立ちました。

生き物を飼うのは難しいです。
自分だけでなく他の生き物の世話やその生活の責任も負わないといけないのですから。

でも、それ以上に彼らは私たちに大きな事を学ばせてくれます。
幸せも与えてくれます。


生き物は偉大ですよほんとに‥決して可愛いだけではなくね…

投稿: 泰山 | 2006年1月25日 (水) 19時39分

あー、かわいそうに。結局人間のおもちゃなんだね。ペットってものは。なんだかんだ言い訳して自分だけ楽になろうとする。言い訳だよ、全部。

投稿: たな | 2006年1月28日 (土) 13時40分

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